宣教主題『平和への旅』 巻頭言  牧師 古家良子

聖書箇所 イザヤ2章4節、マタイ5章9節

 戦争の暗雲が漂う世界に、キリストの愛と平和が行き渡ることを心より祈ります。BC6世紀、捕囚地バビロンで、イスラエルの民は、戦いで国を失った悲しみと、それに続く苦しみのなかで、永遠の平和を求めるに至りました。預言者を通して告げられた神の終末的平和の約束に希望を堅くしました。「・・・主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。」戦争の兵器を打ち変えて、食べ物を生産する農具に変える。地上から、武器が廃絶されて戦争の時代が終わり、全き平和、積極的平和の時代が到来する、という希望です。イザヤ書53章では救い主(メシア)の到来の希望が告げられています。それは新約において、神の子・救い主イエス・キリストの到来とともに成就します。

 イエスは言います。「剣(つるぎ)をさやに納めなさい。剣を取るものは皆、剣で滅びる。」マタイ26,52。暴力は暴力を誘発し、暴力の連鎖となります。武力による戦いによっては真の平和はきません。

 主イエスは弟子と群衆に語ります。「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」マタイ5,9と。神からの平和を得て、それを人と人との間に実現していく平和の道を、主イエスは教えています。それは主イエス御自身が歩まれた十字架の道です。神に背反する人間の罪が赦されて、神と和解し、自我の囚われから解放されて、神の恵みと愛とに人々とともに生きる。救い主イエス・キリストに従う道です。たとえ、それは小さく、弱く、苦難の多い長い道のりでも、やがて神の正義と公正による審判がなされ、神の平和が、向こうから到来し完成される希望ある平和の道です。

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